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モノクロ写真をカラーで描きます。

AIなどには、負けません。
昨今は、コンピュータでモノクロ写真に色を付けることが可能になってきているようですが、「思い出館の肖像画」では、長年の経験をもとにモノクロ写真からカラーの肖像画を描きます。カラー化しますとモノクロ写真では気が付かなかったカメラマンの構図の意図ですとか、色彩のバランスの意図が発見できたりします。恐らく、当時のカメラマンもカラーで写真を撮れたらどんなにか素晴らしいだろうと思ったに違いありません。


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山本五十六 元帥 (1841-1944) この人に関する映画などで、数々の名優がこの人を演じてきましたが、やはりご本人の風格に勝る人はいなかったように思います。




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ペリー提督 Matthew Calbraith Perry (1794-1858) 黒船で日本列島に初めて近づいたとき、やはり目にしたものは壮大な富士の山では無かったでしょうか。


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女武者 明治時代の今で言うコスプレ写真 好きな色を着色していると思われるかもしれませんが、カラー化した肖像画を再びモノクロ化しますと、根拠の無い色使いでないことがわかると思います。



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近藤勇(1834-1868) この人にものを頼まれたら、「いや、それは・・」と言えない迫力。
この頃は、写真を撮る時は、手を隠した方が良いと信じられていたようで、坂本龍馬などもよく見ると手を隠しているようです。


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土方歳三(1835-1865)  映画などで演じる際は、この時のこの服装を黒づくめのコスチュームにするようですが、あえてお洒落に赤いシャツに緑の艶のある上着にしてみました。再度モノクロ化した写真を見ても、あり得ない色使いではないと思います。



渋沢 栄一(1840-1931) 日本の明治・大正期の実業家、財界の指導者。位階勲等爵位は正二位勲一等子爵。雅号は青淵(せいえん)。(Wikipediaより)


陸奥亮子(1856-1900)  明治時代の政治家で外交官でもあった伯爵・陸奥宗光の妻。日本赤十字社正社員。その美貌 と聡明さによって「ワシントン社交界の華」と呼ばれた。(Wikipediaより)本当に美しく気品があります。鹿鳴館を背景にしてみました。


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織田信福(のぶよし)(1860-1926)日本の民権運動家。高知県最初の歯科医でもあるそうです。(Wikipediaより)イケメンで有名で、昔のモノクロ写真といったら、必ずと言っていいほど出てきます。


野口英世 (1876-1928)

一般の方の婚礼


大正時代の婚礼写真


戦時下の婚礼写真


昭和30年代の婚礼写真



The 昭和 「お母さん、今日、学校でね・・」「へぇーそうなの・・」 夕方の台所から、そんな子どもとお母さんの楽しい会話が聞こえてきそうな写真です。
今では、珍しくなった裸電球。竹の笊籠(ざるかご)。その向こうに食材の肉を包んだ懐かしい〈竹の皮〉が見えます。流し台もレトロです。
遠くから、自転車に乗ったお豆腐屋さんが、ラッパを吹きながら近づいてくるような気がします。

昭和30年代の子どもたち この頃の子どもたちの笑顔は、屈託がなかったです。



三船敏郎 百年に一度と言ってよい程の渋くて男性的な俳優



八千草薫の写真とカラー化した絵と比較
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八千草薫 素晴らしい被写体の前で、カメラマンの手の震えと感動が伝わるようです。

グレース・ケリー(1929-1982) (Grace Patricia Kelly)


オードリーヘップバーンの写真とカラー化した絵と比較

オードリー・ヘップバーン(1929-1993) (Audrey Hepburn)


吉永小百合 女優になるために生まれてきたような人です。



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