日本のナイチンゲールとNightingale

鈴木雅と大関和 カラー画像

 (ご本人の写真をもとに想像で描いた作品で、実際にはこのような写真は存在しません。)

鈴木雅(左)(すずき まさ)1858年2月9日〈安政4年12月26日〉 - 1940年〈昭和15年〉6月11日)と大関和(おおぜき ちか)1858年5月23日〈安政5年4月11日〉- 1932年〈昭和7年〉5月22日)
明治時代の日本では、「看護婦は身分の低い女性が金のために働く汚れ仕事」と見なされていた。二人は、イギリスから来日していた、看護教育者アグネス・ヴェッチから直接指導を受け、徹底した衛生管理や患者中心のケアを学ぶ。この“ナイチンゲール方式”の看護は、技術だけでなく、患者の尊厳を守る近代看護の精神を切り開いた。(ダイアモンド・ビジョナリーより抜粋)

ナイチンゲールをカラーで描く

フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale、1820年5月12日 - 1910年8月13日)イギリスの看護婦、社会起業家、統計学者、看護教育学者。裕福な家庭で育ったが、農民の貧しい生活を目の当たりにして、奉仕活動を志すようになる。1853年のクリミア戦争で負傷者の看護にあたったほか、病院の施設や衛生状況の改善に尽力し、多くの命を救った。その実績と精神は現在にも受け継がれ、近代看護教育を確立した。

戻る 画像   新作紹介ロゴ

思い出館ロゴ  製作者 松野敏明