完成した広島県産業奨励館
完成を祝う式典でも行われるのでしょう。国旗、旭光旗が雰囲気を盛り上げています。
この建物の特徴は、何んといっても真ん中のドーム型の屋根でしょう。昔の絵はがきなどを見ますと、その屋根が赤であったり、グリーンであったりしますが、どちらも正解です。屋根の材質が銅板葺で出来ていたため、完成時は赤銅色(しゃくどういろ)に輝き、次第に緑青(ろくしょう)により独特の緑色に変わったと思われます。尚、ドーム以外の屋根はスレート葺で出来ていたそうです。

原爆投下直後の広島県産業奨励館 (原爆ドーム) 完成したばかりの産業奨励館を描いて、直ぐにこの投下直後の産業奨励館を描いたのですが、この廃墟のようになった奨励館の絵を描いただけでも虚しさを覚えたのですから、この奨励館の建築に携わった多くの人たちのその無念さ、憤り、寂寥感は、いかばかりであったかと思われます。この様な瓦礫一面の世界から、見事復興を遂げた広島にただゝ敬服します。また、この絵を描いていて気付いたのは、建物が完全に崩壊しているにもかかわらず、細い木々が爆風に倒れたり、折られることなく立ち続けていることです。自然の強さ、しなやかさに驚かされます。その当時、この原爆の放射能の影響で広島には75年間は草木は育たないと言われたそうです。しかし、夾竹桃(キョウチクトウ)がいち早く芽吹き、市民に力強い勇気を与えたそうです。現在、夾竹桃は広島市の「平和の象徴」として市の花に指定されているそうです。

ヤン・レッツェル(チェコ語: Jan Letzel、1880年 - 1925年)チェコ人の建築家。
1907年来日。松島パークホテル、上野精養軒、上智大学、聖心女学院などを設計する。1915年広島産物産陳列館(のち広島県産業奨励館)設計。1923年の関東大震災で設計した多くの建物が焼失、自らも被災してプラハに帰国したが、1925年病没する45歳であった。